ツイラクの章
@11 ひとの手(1)


 ……。
 ……ここ、どこだ?
 まっ暗闇だ。何も見えない。
 ん……?
 あれ……?
 何か、聞こえるぞ……?


 ド……
 ……ク……
 ……ン


 ……ド
 ……ク……
 ン……


 ゆっくりとしたリズムで、力強く響いてる……。
 これは……、心臓の音、か……?


 ……ドク……


 誰の……、って、俺のか?

 …………あれ?


 ドグ……ッ


 心臓の動いてる音、って……?


 ……ドッドッ……


 なんでだ?


 ドッドッドッドッ……


 俺、死んだんじゃなかったっけ!?


 ド、

 グンッ


 黒い世界が揺れた。
 と、思った瞬間、目の前が真っ白になった。
 手をかざそうとしたけど、動けない。あまりのまぶしさに目を細める。
 だんだん、目が明るさに慣れてくると、ぼんやりと何かが見えてきた。白い天井で、白く光っている蛍光灯……。
 消毒薬の臭いが漂っている。
 ピッピッって、何かのシグナルが小さく鳴っているのが聞こえた。
 「病院っぽい?」と、ぼんやり考えながら、あたりを見回そうとした。けど、首が動かない。
 何かが首に巻きついてる。ギブスか? 触って確かめようとした。
 だけど、手が動かなかった。右手も左手も。動かない。
 っていうか、感覚が無い。
 っていうか、手そのものが、

 ――無い!?

 しかも、手だけじゃなかった。
 首から下は、何の感覚も無かった。
「……うぅ……?」

 ――暑いも寒いも、痛いもかゆいも、何も無い――

 なんで? なんでだよ!?
 俺、いったいどうなっちゃったんだよ!?
「うぁあああ!?」
 のどの奥から悲鳴があふれる。
 自分の叫び声の合間に、かすかな物音が紛れこんでくる。カラララと、スライドドアを開くような音が聞こえた。人が来たんだ。
「あぁ、わ、う……!」
 黙れ、俺……! こんな、涙目で悲鳴あげて、みっともねぇったら! だけど、あごがガクガク震えて、口を閉じることができない。
 パタパタと速い足音が近づいてくる。すぐ近くで止まったと思ったら、詰襟の白い服を来たおばちゃんの顔が目の前に飛びこんできた。
「先生! 小渕さんが目を覚ましました!」
 ツバを飛び散らしそうな勢いでそう叫んだおばちゃんの上から、ハゲたおっさんの丸い顔が現れた。白衣だ。医者か? で、このおばちゃんは、看護婦?
「あ、あの、俺、体、動かないんだけど、なんで……、って、か、なんで、俺、い、生きてるん、っすか!?」
 ベロがもつれる。何度も噛みそうになりながら、やっとそう尋ねた。その間も手足に力を入れて起き上がろうとするけど、ちっとも動かない。
 看護婦さんが顔を引っこめ、医者の顔が近くに下りてきた。「はい、ちょっとごめんね」と俺の左目を指で押し開いて、ミニ懐中電灯で照らす。まぶしい。顔をそむけようとしたけど、ギブスらしきもののせいでほんの少ししか動かない。なんの抵抗にもならず、医者は次に右目を照らした。
「3ヵ月も寝てたわりには元気だねぇ。よかったよかった」
 ……何? 3ヵ月!?
「え……? じゃ、今、12月……!?」
「お、計算もできるね。その分だと、記憶もだいじょうぶそうかな? もうちょっと落ち着いたら、詳しい検査をさせてもらうからね」
 ミニ懐中電灯の明かりが消え、医者の顔も視界から消えた。見えるのは天井だけだ。音は聞こえる。何か機械をいじりながら、看護婦さんに何か指示している。
「先生、だから、その、体が……首から下が、動かない、っていうか、なんか、変なん、ですけど!?」
 俺はもう一度疑問をぶつけた。この医者は、笑ってるけど、俺を診てくれてるけど、かんじんな質問に答えてくれてない。
 再び、医者が視界の中に現れ、
「ああ、うん。今、お母さん呼ぶから。後で説明するね」
 もともとひとの良さそうな顔が、さらに優しそうに笑った。

 あ――

 即答を避けた。その笑顔、その言い方。ずっと他人の顔色をうかがってきた俺にはわかる。多分、「そう」なんだ。
 それはものすごくイヤな結論だったけど、妙に心にストンと落ちて、あごの震えが止まった。
 パニック通りこして「呆然」、と言えば、それまでなんだけど、さ……。




 

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