『その肉、300g。』

「びぎゃー!!」
 一時的とはいえ私の暗い思考を断[た]ったのは、外からの雑巾を引き裂くような奇声だった。何事かと重い身体を引きずって障子を開く。隣の家の屋根から仔猫がぶら下がっているのが見えた。外は雨。親猫の姿は見えない。窓を開けようとしたが、その前に小さな体は宙を掻きながら落ちていった。二階とはいえ、下が草むらとはいえ、助からないだろう。私の気分は更に沈欝なものとなった。
 私は鬱病と診断されていた。始終、恐怖に苛まれていた。原因など無い。そんなものがあるうちはまだマシなのだ。そして、私の頭を占めているのは自殺の方法ばかりだった。
 あの猫の後を追おうか。そう考えたとき、腹が鳴った。ここ数日、食欲が湧かなかったのに、死を目にして腹が減るなんて。醜悪だ。
 冷蔵庫を開き、豚小間のパックを手に取った。冷たい肉。300g298円。
 ふと、耳が音を捉えた。か細い猫の声。さっきの仔猫の声だろうか。生きているのだろうか。だとしても、台所まで声が届くわけがない。そう思いながらも私は外に出ていた。
 果たして、仔猫は生きていた。雨の中、草むらでうずくまっていた。思わず抱き上げた。小さい。両手にすっぽり収まるほど小さい。そして軽い。豚肉のパックと同じくらい軽かった。しかし、なんとも温かかった。
 しばらく無言で震えていた仔猫だったが、私を見上げると一声鳴いた。
「ぐずぐずしとらんと病院連れてかんかい」
 そう言わんばかりだった。私は仔猫を抱き締めて、動物病院のある方向へ走り始めた。抗鬱剤の作用でよろけながらも必死に走った。
 そのとき私の頭を占めていたのは、ペット禁止のこの賃貸アパートでどうやってこの猫を飼おうかという、そのことばかりだった。






 



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