『鐘の鳴る日』

 昼、食堂に入って気がついた。今日は広島の原爆記念日だ。テレビから流れる黙祷を捧げる人々の映像と鐘の音。しかし、誰も見ていなかった。皆、雑談や読書に夢中である。
 慰霊祭のニュースの後、アナウンサーは夏の甲子園の組み合わせのおさらいをし始めた。すると、四方八方に向けられていた顔が一斉にテレビに集中した。話題は甲子園一色になる。「今年はここが強い」、「いや、俺はあそこの優勝にひと口賭ける」といったふうに。
 目を逸らしている。そう思う。
 三日後には長崎の原爆記念日。そのときもニュースを見ようとしないのか。九月十一日のアメリカ同時多発テロの日はどうだ。一月十七日の阪神淡路大震災はいかがか。自分たちに関係のないことだからどうでもいい、か。
 周囲の姿に憤る自分に次の瞬間、呆れた。腹の中とはいえ他人を責めている自分はどうなのだ。八月六日。原爆記念日だと今まで気づいていなかった。八時十五分。そのとき、遅刻寸前の私は必死に自転車を漕いでいた。彼らと何ら変わりない。
 そもそも、死はそこかしこに常にある。五月二十八日は爺さんの命日だ。九月二十一日は愛犬が息を引き取った日だ。道を歩けばセミの死骸に当たる。メディアが取り上げない、風化するだけの、生きたことすら気づかれない、そんな死が満ちあふれている。「特別な日」に何を躍起になっているのか。
 私は「憤った」という事実に酔っただけだ。
 いつの間にか、食堂は私一人になっていた。テレビ画面は昼ドラになっていた。
 こんな私は生きている。明日も遅刻寸前で自転車を走らせているだろう。
 弔いの鐘は鳴る。明日も世界中で鳴り響いていることだろう。
 ――聞こえなくとも、絶え間なく――






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